昨日、ウィンダメアで湯船を使う喜びを綴った時に、思い出したエピソードがありました。そこで今日は旅記録はお休み。2000年前後、デリー冬、私がこれまで生きてきた中で一番、ご主人に大切にされているなあと感激した女性とそのご主人のお話です。

デリーの冬
「デリーの冬は寒いです。」
というと
「え、インドに冬があるんですか?」
と驚かれる事がありますが、寒いです。零下になることは滅多にありませんが、家が、夏に涼しく過ごせるようになっているので、「冷え感」が半端ないのです。2000年当時はエアコンは冷房しかなく、私たちは冬、小さな電気ストーブで過ごしていました。中にはだるま型の石油ストーブを日本から持ってきている人もいて、これは停電に左右されないし、もの凄くあったかいので、重宝されていました。
こんな日々は、温かいお風呂にでも入れると良いのですが、当時のギザ(湯沸かし器)は小さく、足湯程度にしかならなかったのです。


愛され奥さん
そんな冬も最中のある日、あるお宅でのお好み焼きランチ時、毎日底冷えするね〜等の会話をしていた全員が
「ええええっ!」
と言って、手を止めました。それはひとりの奥さんが
「うちは主人がしてくれます、毎日」
と言ったからです。
彼女のご主人は何をしてくれるのか?
それは彼女のために、湯船にお湯を溜めること。もちろん前述の通り、当時のギザだけでは足首程度にしかお湯は溜まりません。しかしなんと、ご主人は、台所で大きな鍋にお湯を沸かし、湯船まで運ぶのです。これを私もやったことがあるのですが、鍋のお湯はガスの口の数だけ沸かしますし、インドの広い家の台所とバスまで何往復もしないと、肩まで浸かる「お風呂」にはなりません。熱湯を運んでいると時には、アチチ、となる事もあります。運ぶ時にお湯が飛び散り、それにツルッとなって、あぶね~💦って事もあります。それを休日だけではなく、仕事のある平日も、奥さんのためにされるというのです。しかも、しかも毎日。
「わあ、私もあなたのご主人のような夫が欲しいワ。」
と誰かが言いました、
うーむ。夫婦って鏡のようなものだから、夫を取り替えたとしても、貴女は彼女のようには愛されないでしょう。と、私は心の中で欲しがり屋さんに対し、シビアになるのでした。

つい最近、夫にその思い出を話したら、彼曰く
 「ご主人は、奥さんがインドに一緒に来てくれて本当に嬉しかったんだよ。」
なるほど。世の夫とは、そういうもんですか。

さて、彼女のご主人はとあるメーカーの、当時、その会社の事務所をインドで立ち上げた方でした。確かに、前任者がいない外国(しかもインド)で仕事を始めるのは大変ですが、そこに帯同するのも大変です。同じ会社の同僚、若しくは上司・部下の関係なら、申し送りもできるでしょう。しかしはじめの一歩をする人はそれがないのです。当時のインド情報は大抵書物から。インターネットはボチボチ、ケータイはある、しかしSNSはない時代です。日本人会の婦人部はありました。婦人部では、日本人会の存在を知らない帯同家族がいないか、網を張り巡らせ、見つかると訪問し、何か困った事はないか、あるいは婦人部が持っている情報をそうした方と共有する活動をしていました。しかし、その出会いがあるまで、ネットのない世界でたった一人でインド社会に向き合うのです。駐在する人はポストが準備されていますが、帯同する妻は、そのポスト探しから始めなくてはいけません。始めはまさに暗闇を手探りといった具合の生活だったでしょう。既に就職されたお嬢さんがいらっしゃる年代のご夫婦でした。それまで日本で続けて来られた活動もあったでしょうに、それをきっぱり切りをつけての初めての海外駐在帯同。彼女にとっても大決断だったと思います。

その彼女には、料理のお出汁に化学調味料を一切使わないというこだわりがありました。インドでこれを貫くのは簡単ではありませんが、ご主人の口にそうしたものを絶対に入れないというのは、彼女の愛情と誇りでもあったのでしょう。彼女は駐在中それを成しました。日印往復は直行便ではなく、トランジット。送付制度のない会社だったので、一時帰国の度に、トランクをいりこや鰹節お昆布でいっぱいにしてインド入り。彼女の作る、いりこのお味噌汁にご主人はどれだけ力をもらったろう。
 そして関西出身の彼女は、私たち若手に、苦労して運んだ鰹節がふわふわと踊り、おたふくソースやキューピーマヨネーズを惜しげもなく使ったお好み焼きをご馳走してくださるのでした。そうです、前述のお好み焼きランチは彼女のお宅で開かれたものでした。
彼女がご主人と、ご主人の会社に不満を漏らすのを聞いたことがなく、むしろ
「主人は私がしたいことをさせてくれる」
と仰っていました。実は、ご主人は彼女が日本で切りをつけた活動が、本帰国後に再開できるように、親身になって協力されていたのです。


今私が当時の彼女と同じくらいの年齢になって見えてくるのは、ご主人は彼女が日本人社会の中で、誇りを持って生き生きするために、そして彼女を守るために出来ることは全てされていたのだという事です。それに気づくとご主人の深い愛情を感じ、「旦那さんに大切にされている奥さん」って良いものだなあとしみじみします(逆は悲しくてツライ)。そして彼女は卑屈になる事なく、それをがっちり受け止め、いつも堂々としていました。インドにいると、ここにいる事で絆を深めた日本人カップルをよく見ますが、後にも先にも彼女とご主人ほどのことはありません。

昨日、彼女に電話してみました。コロナ禍でも、ご夫婦共にお声にハリがあり、ご健在で本当に嬉しくなりました。夫婦で元気に長生きって、やっぱりお互いの支え合いの持続があるからこそ出来るのだと思うのでした。




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隔離運動不足、前回よりはマシかナ。


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