鶏さばき
先日、久しぶりにINAマーケットの、懐かしの鶏屋さんへ行って、丸ごと購入しました。
初駐在時、同マーケットで、生まれて初めて見た屠られる姿は、夢にうなされるほど、ショックで、最初は途方にくれ、泣きながらさばいたのです。
しかし慣れてくると
「ほう、内臓部分は全て骨に覆われている…柔らかい部分は骨に守られているのか!」
とか、
「身体の部位は全て二つ、しかし心臓は一つ」
「意外にきっちり左右対称でないのね~」
「腿より胸の方が分量多い!
だから安いのか〜っ!!」
「ササミは、高いはずだ」
「内臓、これだけしかとれない…
焼き鳥屋さんってすごいな…」
とか、とか、とか、毎回、毎回の発見に、感じ入ることが多いのです。
すると、まさに骨の髄まで調理し切ろうと、敬虔な気持ちになり、月に1回くらいは、合掌してから、こうして料理を始めるのも「いいネ👍」って気持ちにもなります。
もちろん、屠る、羽むしり、首切り、足先切り等、目を覆いたくなるようなお仕事を、前もってしてくださる方がいるから、一丁前に調理した気にさせてもらっているのでもあります。
例えば、焼き鳥のハツ1本なんて、何匹の逃げる鶏の悲鳴のあとだったのかと気付くと、全く、自分の生の罪深さを思い知る。しかし、かと言ってヴィーガンになる気は無く、自分は母国の「手を合わせて、頂きます」習慣によって折り合いをつけ、メンタルを助けられているナア、としみじみし、その思いは、先人が積み重ね、作り上げてきたものに至るのです。そして、それはインドに来られて、生活させてもらったからこそ、得られた開眼でありました。
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知らない間に結構夢中になってしまう作業。
先日、久しぶりにINAマーケットの、懐かしの鶏屋さんへ行って、丸ごと購入しました。
初駐在時、同マーケットで、生まれて初めて見た屠られる姿は、夢にうなされるほど、ショックで、最初は途方にくれ、泣きながらさばいたのです。
しかし慣れてくると
「ほう、内臓部分は全て骨に覆われている…柔らかい部分は骨に守られているのか!」
とか、
「身体の部位は全て二つ、しかし心臓は一つ」
「意外にきっちり左右対称でないのね~」
「腿より胸の方が分量多い!
だから安いのか〜っ!!」
「ササミは、高いはずだ」
「内臓、これだけしかとれない…
焼き鳥屋さんってすごいな…」
とか、とか、とか、毎回、毎回の発見に、感じ入ることが多いのです。
すると、まさに骨の髄まで調理し切ろうと、敬虔な気持ちになり、月に1回くらいは、合掌してから、こうして料理を始めるのも「いいネ👍」って気持ちにもなります。
もちろん、屠る、羽むしり、首切り、足先切り等、目を覆いたくなるようなお仕事を、前もってしてくださる方がいるから、一丁前に調理した気にさせてもらっているのでもあります。
例えば、焼き鳥のハツ1本なんて、何匹の逃げる鶏の悲鳴のあとだったのかと気付くと、全く、自分の生の罪深さを思い知る。しかし、かと言ってヴィーガンになる気は無く、自分は母国の「手を合わせて、頂きます」習慣によって折り合いをつけ、メンタルを助けられているナア、としみじみし、その思いは、先人が積み重ね、作り上げてきたものに至るのです。そして、それはインドに来られて、生活させてもらったからこそ、得られた開眼でありました。
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