陽はすでにカンジス川から

こんにちは、Yukettaです。夫の駐在に帯同して参りました。 危険情報や感染病情報は海外安全ホームページにお任せして、こちらでは楽しいインドの生活日記や様子をお届けしたいです。

#インド料理

ちょっくらアーグラ観光~タージ・マハルへ/デリー日帰り旅行②

乗合電動自動車
 タージ・マハルから駐車場までは乗合電動車を使いました。これは、定期的に出ているようです。暑さはおさまってきたインドですが、影になる場所がタージ・マハルの裏ぐらいしかないので、観光は、カンカン照りの中を歩くことになります。タージを後にし、屋根付きの乗合自動車での移動はホッとするものでした。

昼食
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タージ・マハルとアグラ城中間点にある、その名もタージ・マハル レストランです。
私はマトン・ビリヤーニー。
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うーん、いかにも「お水が少ない土地で洗練を遂げました!」というお料理、ビリヤーニー。お米はお約束のハラリ。美味しかった~。
昔、良人と良人の上司とインド国内旅をした時、 
「インドの田舎は、インド料理、
肉は、マトンじゃ」
とよく勧められました。その通りだと今も思います。
良人は、ホットアンドサワースープとマサラ・パパドとタンドーリチキン。

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味見させてもらいましたが、どれも美味しかった😋。
運転手さんはダールカレー。お腹いっぱいして眠たくならないようにし、安全運転するためだそうです。泣かせてくれます。

アグラ城
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ここの入場もカオスでした。
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奥さんの願いを聞いてタージ・マハルを建てたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン。
その後、息子のアウラングゼーブに幽閉され、囚われの塔で生涯を終えたと言われます。
観光客は、囚われの塔と、遥か先のタージ・マハルを臨む。
ここはいつ来ても、ものの哀れを感じるのでありますが、人生が枯れてくるとその思いがいっそう深まります。

若いってイイネ。学生さん可愛い❤️。
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アグラ城を3時過ぎに出て、デリー内の渋滞をへて6時過ぎにデリーのレストランで食事。8時ごろ帰宅。無理のない、しかし、充実感も得られる日帰り旅行でした。
夫は夫で、昔のアーグラ日帰り行程をリセット&一新するそうですし、私もアーグラ史を紐解いて勉強し、次回友人が来てくれた日には彼らがうんと楽しんでくれるような知識を持っていきたいです。

オマケ
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お手伝いさんチョイスのパンジャビドレスを着て行きました。いつかは優雅にインド民族服を着て旅ができたらいいなぁと、思っていましたが、Tシャツ、短パン、スニーカー旅と比べると、暑かった~(お腹周りはラクです)。これが、サリーを着てタージでインスタをするなら、一泊した方が良いのではないか?と感じた理由です。

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ニューデリーのマドラス

マドラス・カフェ・ハウスにきたよ
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たまたま、別のお店を探していたら、辿り着いてしまったのですが、運転手さん曰く、
「ベリーオールド、ベリーフェイマース。」
チェンナイがマドラスだった頃の地名をお店の名前の初めに持ってきたのですね。

(↑お店のホームページと実際のお店にイメージの開理があります😆)
創業1935年、ニューデリーの中心コンノートプレイスで86年。老舗です。

昔のインド映画に出てきそうな店内の雰囲気。
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お馴染み、ドーサはサクッとした食感に発酵酸味。
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豆と米の粉を水で溶いて発酵させた生地をカリッと焼いて(油を使わず!)お芋料理を包む。
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ドーサを初めに作った人、天才と思います。
パコラはおふくろ感MAX。
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この、冷たいコーヒーが美味しかったです。
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多くのお客さんが頼んでいたので、名物だと思います。お砂糖無しにして頂きました。良人が、オーダーした彼のラッシーが美味しいと言っていたので、きっと牛乳が良いのだと、二人で話しました。

いちばん高い価格が、
南インド野菜ターリー250ルピー。
2A0CC7A1-5F19-4365-AD1A-3F447ED0FFD6ターリーは、味は塩味薄め、後からじわじわスパイスが効いてきます。
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南インド料理の特徴、化学や動物からくる、うま味は皆無。綺麗な味でした。
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サンバルはおかわり無限大(^^)。
同じ南インドのチェーン店「サガール・ラトナ」のターリーやドーサとは、また違う味わいでした。
↓サガール・ラトナ・ヒストリーそれもそのはず、サガールのオーナーは同じ南インドでも真西のウドゥピ出身。一方マドラス(チェンナイ)は真東。
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700キロ以上離れています。

日本に置き換えると、尾道から東京くらい。
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例えば、尾道ラーメンから東京ラーメンに行き着くまでに数多くの食文化がある通り、同じ南インドと括られても、ひと川、ひと山超えると全く違う文化があるのでしょう。

 店内は、13時を過ぎると満席になりました。。南インドの人のドーサやターリーへのこだわり論にもっと踏み込んで、私のお気に入りドーサ、お気に入りターリーに行き着きたいけど、これは自分のインドへの関わり方次第だナ。


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「ちびまる子ちゃん」な絵~Crafts Museum クラフトミュージアム

「ちびまる子ちゃん」な絵
デリーのクラフトミュージアムへいきました。
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初めてのつもりでしたが、入り口をくぐると、
「アタシ、ここ来たことあるかも‼︎」
と、ゾクゾク・ワクワクし、その後、絵画が展示されている場所に足を踏み入れた途端、まさに走馬灯のように20年前の記憶が蘇り、一路迷わずこの部屋へ。
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実はこのミュージアムの本命と思われる、織物や刺繍の素晴らしさは、ほぼ、いや、完全に忘れていました。
しかし、この部屋のこの絵を初めて見た時に 
「あっ、ちびまる子ちゃんの世界!!」
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と感じた記憶はしっかり残っていました。
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確か、エッセイで、さくら先生が「みんなが幸せになりますように」と、祈りながら表紙を描きましたと、書かれていた記憶も、もの凄い速さで脳に戻りました。
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帰宅してからは、検索しまくり😅。
私が「ちびまる子ちゃんの世界!」と感じた絵、Madhubani Art と、いうそうです。色彩に暖かみがあって、カラッとしたお日さまの恵みを感じる幸せ絵だなぁ🥰。

Madhubani Art、Wikiページ⬇︎


日本語Wiki⬇︎

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ゾウさんの中に、これだけ精霊がいる、ということかしら。インドの人は優しいナア。
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外壁に吹きさらし状態だけど、この絵からは私はピカソを感じる。
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慈悲深いお顔。素晴らしい!と感じたけど、これも無造作に置かれている〜💦。
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ヤマトタケルノミコト発見。
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ハニワ発見。
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この巨大且つ繊細な彫物は、覚えていました。


Madhubani Artクッション。
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やっぱり可愛い〜。
いやはや、ご紹介したのは、ほんの一部です。もっと色んなことを少しずつ理解して、また訪れたいです✨。


ミュージアムのカフェでご飯をたべたよ!
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クラフトミュージアムは、ちびまる子ちゃんなお部屋と、巨大で繊細な木彫り「だけ」覚えていましたが、このカフェの記憶はゼロ。それもそのはず、20数年前はなかったからです😅。
ここで初めて食体験🙌。
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優しい給仕さんが、スターターとして、お勧めしてくださいました。
かつて、「インド・どさ回り」をした良人も知らなかった、そのお料理の名は、パラック・パッタ・チャート(palak patta chaat)、発音、合っているかなあ😅。
お皿の端に3つチョンとのっているのは、ひよこ豆の粉をつけて揚げた、ほうれん草です。これが、カリッポリッ😋。それをですね、ヨーグルトに、柔らかいお豆やスパイスが入り、ザクロで飾られたペーストをのせて頂くのです。お腹に優しく、スパイスのおかげで食欲が増し、
「ヘルシー値が最高❣️」
って味です。
マトンのカレーは、お約束・間違いなしの一品。
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ココナッツのフィッシュカレーも同上。
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グリーンのハーブソースとカレーの絡みも同・同上。
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カジュアルな雰囲気ですが、お料理からは、化学調味料香皆無。
綺麗な味のお食事でした。
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それから、それから、インド人がナイフ・フォークを使ってカレーを食べる姿にもオドロイタ。
時代ですね😊。
しかし、日本も洋食のライスは、フォークの背にご飯をのせて(ぎゅっとしないと、つるっと落ちる😅)食べましょう…って時代があったからナ☺️。インドはまだまだ変わり続けると思う。
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店内の空間広し。密ではありません。

⬇︎ナショナル・クラフツ・ミュージアムWebサイト
http://nationalcraftsmuseum.nic.in
ミュージアム内のお手洗いは水洗ですが、トイレットペーパーはありません。


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おうちパパド/夫料理インド編


パパド。

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今日はホーリー(春祭り)で三連休最終日。
昨日は、良人が市販のパパドを、
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クレープを焼くフライパンみたいなので焼いてくれました。
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パパイヤ味の甘いパパドもありましたが、
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これは焼きたてをアイスクリームにチョンとのせても面白いと思いました。

私は……パリッとパパドには、チャットマサラをかけた生玉ねぎやワカモレで、ビール🍺をうぐうぐ〜、が好きです😆。

インドの水分少なめ玉ねぎ、美味しいナ。

本来ホーリーは、賑やかに色水かけ祭りが行われるのですが、現在インドは感染者激増中。我が家も三日間はお篭り。窓の外で雀が鳴いている…デリーは2年連続で静かなお祭りになりそうです。

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インド立身出世物語/Sagar Ratnaオーナー


昨日UPした、南インド料理のSagar Ratna のオーナー、ジャヤラム・バナンさんの2017年の記事を見つけました。

 
「月18ルピーの皿洗いからJayaram Banan Groupの会長へ」
Jayaram Bananで検索すると似たような記事が結構上がり、超有名人であることがわかりました。
 

    内容はざっとこんな感じ。
1) 1953年、カルナータカ州ウドゥピで低い身分の家庭の7人の子の一人として生まれたジャヤラム・バナン少年。彼の父は息子の成績が悪いと、チリパウダーを彼の目に入れる残酷な人。
少年は13歳の時父親の財布からお金を盗み家出。

2) ムンバイ行きのバスの中で泣いていた少年を、同郷の村人がナヴィ・ムンバイのHindustan Organic Chemicals (何ちゅう名前じゃ!)略してHOCという食堂へ連れて行き、彼はそこで皿洗いマシーンとして最初の仕事を始める。
    *当時生計を立てるためにウドゥピ出身者はムンバイへ群がった。
 * 南インドを代表する料理、ドーサは、ウドゥピ出身の彼らが、ムンバイへ持ってきた。

3) バナンさんはその誠実な仕事ぶりで、皿洗いさんを経て、その後ウェイター、ヘッドウェイター、マネージャーへ。お給料は、月200ルピー(現在の日本円で300円くらい)。彼はここで8年働く。彼にとって厳しい時代ではあったが、ここでの経験が起業家スピリッツを育てた。

4) 1973年HOCを辞めデリーへ、そして結婚。 

5) Central electronics limitedの食堂を設立する契約を手にする。
ここが彼の経歴のターニングポイント。彼の食堂は美味しいと評判になる。 
   *当時デリーにはHaldiram‘sのドーサしかなかった。人気があり簡単に手に入ったが、バナンさん的には、それはホンモノのドーサではなかった。
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(Haldiram‘sのドーサ。コレお土産にイイね☺️)
 *本格的なドーサは高級なレストラン(ロディホテルのウッドランズと、アンバサダーのダサプラカサ)でしか食べられなかった。
        
  ここで、バナンさんの脳内で野心的なアイデアが発動!
「高級ホテル並みの品質のドーサとイドゥリを、
 ストリートの価格で提供しよう!!!」

 
6) 1986年12月4日、デリーのディフェンスコロニーマーケットで最初のレストランをオープン。店名は「Sagar」。イドゥリ、ドーサ、サンバルなどの南インドの主食を提供。初日の売り上げは408ルピー(現在の日本円で600円くらい)。
損失覚悟の価格。しかし料理の質はキープ。

7) 毎日朝7時から深夜まで精力的に仕事をすることで、Sagarの売り上げを伸ばす。
Sagarのモットーは
「質の高い料理、手頃な料金、行き届いたサービス」

8) 1991年、ウッドランズ(例の高級レストラン。当時はライバル店)を買収。
価格を20%引き上げこのレストランを「Sagar Ratna」と名づける。 

9) 1999年ルディアナのホテルマハラジャリージェンシーに最初のフランチャイズ店をオープン。

10) 以後フランチャイズ店は全国36都市へ。そしてアメリカ、イギリス、オーストラリア、シンガポール進出。

11) 海岸沿いの町出身のバナンさんは、南インドの海町の楽しい料理を、内陸デリーにもたらすことを決意。2001年、ディフェンスコロニーにSwagathレストランをオープン(一号店Sagarから少し離れた場所)。こちらもヒットし17店舗へ。

12)2010年、両親を記念してSagarRatnaを故郷ウドゥピのカルカラにオープン。10ルピー(15円)で貧しい人々に食事を提供しています。
 
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実は先日、サガール・スペシャル・ターリーが275ルピーなのはちょっと高いかナと、感じたのですが、それが回り回って10ルピーで食事をする人々のお腹を満たすことになるのなら、気持ちよく支払いをしようと、記事を読んでそう思いました。

  いやはや、ストリートキッズからレストランのオーナーへ。これはNetflixでドラマになったら大人気間違いなしの、泥くさい花登筺風(古い😅)インド立身出世物語。また、なぜデリーでこんなにも魚介類が手に入りやすくなったのかという問いが、今回の私の来印以来ずっとあったのですが、このバナンさんの経歴は、それに対するかなりの解答となりました。因みにバナンさんの故郷「ウドゥピ」を検索すると、Wikiの「カルナータ州で最も急速に成長している都市の一つです。」というフレーズが目に飛び込んできました。こうして一連の情報を読んで、「インド、まだまだ成長を続けそうだ。」と思うのでした。


Sagar第一号店へ行った時の記事

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プロフィール

Yuketta

こんにちはYukettaです。回り回って最初の駐在地ニューデリーに戻って参りました。4コマ漫画のように、最後はクスッと笑ってしまう日々を与えてくれるインドが大好きです。大変化を遂げたこの大都市と初めて出会った場所のつもりで向き合っていきたいです。

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