ハリドワール到着
ハリドワールにやって来た。

久々にインドっぽいごちゃごちゃ風景で嬉しい☺️
ちょっと良いガンガー沿い宿を予約。

落ち着いた良い部屋だなぁと思っていたら

ベッドルームは、結婚記念日だったのでこうなっていました😅。
レセプションでは、お祈りで出迎えられ、額にビンディを、腕に数珠をつけて頂きました。わぁ、祈りの場所に再びやって来たのね~と、ジィん。一方夫は、そこでだされたスープにいたく感激。

「またこようか?」
と既にご機嫌。
まあ、ヨカッタヨカッタ。
ホテルでハイティを楽しんだ後、スタッフさんが、Aartiへ連れて行ってくれるそうです。
楽しみ~♪、です。
日暮れのAarti
日暮れのAarti(ヒンドゥー教の儀式の一つ、表記はwikiに倣いました)。
前回も書きましたが、9月にこの儀式を見た時、「多くのヒンドゥ教の人と働く夫は、絶対ここにくるべき」と感じたので彼にそれを伝え、あとは任せていたら、結婚記念日にここへの旅を手配してくれました。

ハリドワールのハル・キ・パウリで行われるAartiには、毎日多くの人が訪れ、日没前から1時間くらい、また日の出前からの1時間くらい、Aartiという炎の儀式が1日に2度おこなわれます。
儀式が始まると、僧侶が手に大きな火鉢を持ち回し、鐘が鳴り響き、マントラの詠唱が宙に舞います。
人々は手を合わせて祈り、儀式前や後に、ガンジス川に精霊流しのように花を添えたディヤに炎を灯し浮かべ、その様子は幻想的です。

私は2度目ですが、来て良かったです。前回は地図の川を挟んで南側から見ました。南から見ると、舞台で行われているAarti儀式を眺める観客と言った雰囲気です。そして今回は、是非とも炎を灯す舞台側から見てみたかったので、夕方のAartiは北側に座りました。前回は、川向こうに見えた炎の熱が伝わってくるようでした。


もともと聖地巡礼は好きで、受け入れてくださるのであれば何教でも、機会があると出かけます。
巡礼で、その宗教を信仰する人々の営みや願いや祈りに触れ、自分や他の宗教を信仰する人々との人間らしい共通点を見る時に心が揺さぶられるからです。

例えば足が不自由になったおばあさんに手を貸しているお嬢さんらしき人の姿とか。
手慣れた補助の仕方をみていると、
「ああ、このお嬢さんは、何がなんでも、老いた信仰深い母さんに同伴し、ここに連れて来てあげたかったのだ」
と感じ、彼女の親を思う心に目頭が熱くなります。
そして、そうした姿は、
「ご本山へウチのじーさん、ばーさんを連れて行ってあげよう」
という日本でも見られる家族思いの人々とおなじ光景です。
ヒンドゥー教のそうした人々が、ハリドワールの聖地へ、こんなにも大勢、毎日毎日集まり、毎日毎日炎の儀式をしているわけです。

儀式の後夜店で。狭い路地を何がなんでもぶるるると走るおじさん。
聖と世俗が隣り合わせ…インドです😉。
日の出のAartiへ続く

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ハリドワールにやって来た。

久々にインドっぽいごちゃごちゃ風景で嬉しい☺️
ちょっと良いガンガー沿い宿を予約。

落ち着いた良い部屋だなぁと思っていたら

ベッドルームは、結婚記念日だったのでこうなっていました😅。
レセプションでは、お祈りで出迎えられ、額にビンディを、腕に数珠をつけて頂きました。わぁ、祈りの場所に再びやって来たのね~と、ジィん。一方夫は、そこでだされたスープにいたく感激。

「またこようか?」
と既にご機嫌。
まあ、ヨカッタヨカッタ。
ホテルでハイティを楽しんだ後、スタッフさんが、Aartiへ連れて行ってくれるそうです。
楽しみ~♪、です。
日暮れのAarti
日暮れのAarti(ヒンドゥー教の儀式の一つ、表記はwikiに倣いました)。
前回も書きましたが、9月にこの儀式を見た時、「多くのヒンドゥ教の人と働く夫は、絶対ここにくるべき」と感じたので彼にそれを伝え、あとは任せていたら、結婚記念日にここへの旅を手配してくれました。

ハリドワールのハル・キ・パウリで行われるAartiには、毎日多くの人が訪れ、日没前から1時間くらい、また日の出前からの1時間くらい、Aartiという炎の儀式が1日に2度おこなわれます。
儀式が始まると、僧侶が手に大きな火鉢を持ち回し、鐘が鳴り響き、マントラの詠唱が宙に舞います。
人々は手を合わせて祈り、儀式前や後に、ガンジス川に精霊流しのように花を添えたディヤに炎を灯し浮かべ、その様子は幻想的です。

私は2度目ですが、来て良かったです。前回は地図の川を挟んで南側から見ました。南から見ると、舞台で行われているAarti儀式を眺める観客と言った雰囲気です。そして今回は、是非とも炎を灯す舞台側から見てみたかったので、夕方のAartiは北側に座りました。前回は、川向こうに見えた炎の熱が伝わってくるようでした。


もともと聖地巡礼は好きで、受け入れてくださるのであれば何教でも、機会があると出かけます。
巡礼で、その宗教を信仰する人々の営みや願いや祈りに触れ、自分や他の宗教を信仰する人々との人間らしい共通点を見る時に心が揺さぶられるからです。

例えば足が不自由になったおばあさんに手を貸しているお嬢さんらしき人の姿とか。
手慣れた補助の仕方をみていると、
「ああ、このお嬢さんは、何がなんでも、老いた信仰深い母さんに同伴し、ここに連れて来てあげたかったのだ」
と感じ、彼女の親を思う心に目頭が熱くなります。
そして、そうした姿は、
「ご本山へウチのじーさん、ばーさんを連れて行ってあげよう」
という日本でも見られる家族思いの人々とおなじ光景です。
ヒンドゥー教のそうした人々が、ハリドワールの聖地へ、こんなにも大勢、毎日毎日集まり、毎日毎日炎の儀式をしているわけです。

儀式の後夜店で。狭い路地を何がなんでもぶるるると走るおじさん。
聖と世俗が隣り合わせ…インドです😉。
日の出のAartiへ続く
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