ニランジャラー川(Google表記ファルグ川、他ネーランジャラー、ネランジャナ、日本語表記は様々)河畔の火葬場。
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木に故人の写真を貼り付け、集った人々がお弔いをします。
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少し歩いて行くと、この↓人々の向こうで遺体が焼かれていました。
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家族親戚ご近所一同が集まっての火葬です。
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火葬が終わると、↑これでお弔いの音楽を流すのだそうです。
人の営みとして、「こういうの、良いな」とは思うけど、それは旅人の感傷でしかないことを、私はよく知っています。

お弔いの一番古い私の記憶は4歳の時で、あれは祖母の葬式。体育座りした祖母の遺体を親戚の男性たちが総出で風呂桶のような棺に入れていました。そう、むかしの日本の葬儀は一家のものでした。まだ昭和だった40年も前、私の父が亡くなったのですが、あれも親戚一同が取り仕切った葬儀でした。でも、大学生だった私は、叔母達が我が物顔で母の台所を使うのがとても嫌だったし、遺族の悲しみを置いてきぼりに葬儀が親戚によってドヤドヤ進行することに怒りを感じました。
若かったね☺️。
死の行事はお弔いも役所届けも期限が決まっているから、ある程度のドヤドヤは仕方がない。とはいえ、昨今の日本の、簡略化された葬儀は、そうした一家総出の葬儀歴史を経た人々が選んだ道なのだと思います。

さて、ブッダガヤです。燃やす木もランクがあります。
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「あっ、これは香木だな。高いだろうなぁ。そうかぁ、でも、これまで亡くなった人々の棺に、ひとかけらでも、白檀のような香木を入れてあげたかったなあ。」
と、独り言。
日本の火葬場でも係の方が真摯に対応してくださるけど、インドと比べ火葬もマニュアル化・形式化している日本のなかに、ちょっとインド的ヒューマンビーイングを加えてみたくなったのでした。
葬儀の簡略化は良いと思ったり、やっぱりもう少し人間味が欲しいと思ったり、考えが一定しない私です。

いずれにせよ、葬儀は残された人のもの。
形こそ違え、亡くなった人を悼む気持ちは、世界のどこも同じ。こうしたことで人々の魂の普遍的な繋がりを思うのでした。


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↑こうした火葬場もありました
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