今年最後の施設訪問。

Holly Cross、児童養護施設、孤児院です。
最後に訪れた今年3月に比べ、子どもの数が減っていて、
「コロナ時代から停滞していた養子縁組が今年は決まっていったのだなぁ。」
と、安堵しました。保護されている子どもたちは可愛いけれど、
「あっ、この子去年もいたな。」
と気づくことがなん度もあり、胸が痛んだのです。
コロナ禍、本当にやっと終わったんですね。しみじみ。
さて、ここでは養子縁組時に施設に斡旋料として5万ルピーが支払われ、それで擁護されている子どもたちの生活をやりくりしています。しかし、子どもにかかる費用なんて5万ルピーでは数ヶ月で底をついてしまいます。警察が拾ってきた子どもを施設に預けたりすることもあるのですが、政府からの援助はありません。後は寄付に頼るしかない状態。まさに困窮している施設です。

所謂赤ちゃんポスト
それでも子どもたちはとても丁寧に育てられています。でもどうかな。他の寺子屋、いわゆる貧しいと言われる地域のアフタースクールの子どもたちとはまた違った印象を受けます。他の寺子屋系の施設の子どもたちは貧しくてもエネルギッシュでインドの未来を感じる。しかしこの施設は、そうしたインドの上昇気流から取り残されている印象を私はもつのです。何故なら子どもたちが遠慮がちだから。小さな未就学の子どもが初対面特有の「恥ずかしがり」とか「引っ込み思案」ではなく、甘え方を知らず遠慮をしている姿を見るのは切ない。子どもにとって、わがままや甘えられる両親と暮らせることがいかに幸せなのかを思います。
一方施設で育ったというインド人の友人もいるのですが、彼女の人徳を知るたび、孤児で育った人々の静かな強さにも感銘をうけることもあります。
結局何が良いのかわからない結論着地してる😅。私は何が言いたいのだ⁈
そうだ、血が繋がっていなくても温かい家庭で子どもは育った方が良いけど、だからといってそうではない子どもが可哀想と同情するのは不遜である。それが言いたかったのです。
帯同の身では現金を寄付できないのですが、今回ミルクを提供できることがわかりました。度重ねて訪問するたびに理解が深まり、出来ることが少しずつ増えていくのが嬉しいです。
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