キャンディ・紅茶ファクトリー 紅茶の産地でもあるキャンディのファクトリーへ。
ジェームス・テイラー
ジェームス・テイラーというセイロン茶の創始者の名前を知りました。

セイロン茶を独占的に買い占めていったのは、紅茶王リプトン卿だけど、最初にこの地でセイロン茶に着手したのは、ジェームス・テイラーだったのです。
以下Wikiの英ページを纏めると(和訳がない!テイラーさん日本人に知られてない!私も知らなかった😭)
⚪︎1872年
・テイラーがルーレコンデラに大規模な製茶工場を建設。
・立ち上時キャンディで彼が独自に発明した茶葉を伸ばす機械を作る。
⚪︎1875年
テイラーはセイロン茶をロンドン茶オークションに出品することに成功。
⚪︎1890年代に入ると…
・スコットランドの富豪トーマス・リプトンがイギリス領セイロン(スリランカ)を訪れる。
・リプトン卿とテイラーが出会う。
・リプトンのはセイロン茶に興味を持ち買い付けをする。
・セイロンの茶産業は急速に成長し、大手茶会社(リプトン?)が市場を掌握するようになったため、テイラーのような小規模農家は業界から追い出される。
・テイラーはルーレコンデラ農園の経営陣から解雇。
⚪︎1892年
・解雇されたテイラーは重度の胃腸炎と赤痢で亡くなる。
という歴史があったのです。
テイラーさん🥹。
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Taylor_(tea_planter)
その後リプトン卿は、紅茶商としての名声を得て1895年に「英国王室御用達の茶商」の勅許状を与えられ、1898年にはヴィクトリア女王からナイト爵位を与えられた…のだそうです
アイルランドからの移民で小さな食料品店を営んでいた両親の元で育ったリプトン卿、岩崎弥太郎みたいなやっちゃ。テイラーとの関わりもリプトン卿からしてみたら、人生の中のほんの小さな点みたいな出来事なんだろうなあ。創始者無視のブルドーザー方式。19世紀後半ってそういう時代だったのかなぁ。いや、今でも先人に敬意を払わない品の無い商売をする人たちっているからなぁ😂。
英Wikiには
「彼(テイラー)の遺体はキャンディのマハイヤワ墓地に埋葬され墓石には『セイロンのルーレコンデラ農園のジェームズ・テイラーを敬虔に偲んで。この島におけるキナと茶事業の先駆者であり、1892年5月2日に57歳で亡くなりました』
"In pious memory of James Taylor of Loolecondera Estate Ceylon, the pioneer of the cinchona and tea enterprise in this island, who died 2 May 1892, aged 57 years".
と刻まれている」
…となっているし、こうしてキャンディにある一つのファクトリーにリプトンではなくテイラーさんの写真が掲げてられているので、まだ救いはあるけど、「リプトン卿が悪奴だ」という思いは消せません。しかし「私が一人でリプトンはもう飲まない!」と頑張ってもリプトンはびくともしないけど。ものの哀れとか虚しさとかを感じざるを得ません。

ゴールデンチップ
このファクトリーで、初めてゴールデンチップスの紅茶を頂きました。

ミッタルさんのシルバーチップスにはよくお世話になっているけど、ゴールデンチップスは、シルバーの淡さから更にふくよかな味わい。

生産量に限りがあるので輸出はしていないそうで、スリランカで、スリランカの水を使ってセイロン・キャンディ・ゴールデンチップスを頂くのは価値がある事だと思いました。

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ジェームス・テイラー
ジェームス・テイラーというセイロン茶の創始者の名前を知りました。

セイロン茶を独占的に買い占めていったのは、紅茶王リプトン卿だけど、最初にこの地でセイロン茶に着手したのは、ジェームス・テイラーだったのです。
以下Wikiの英ページを纏めると(和訳がない!テイラーさん日本人に知られてない!私も知らなかった😭)
⚪︎1872年
・テイラーがルーレコンデラに大規模な製茶工場を建設。
・立ち上時キャンディで彼が独自に発明した茶葉を伸ばす機械を作る。
⚪︎1875年
テイラーはセイロン茶をロンドン茶オークションに出品することに成功。
⚪︎1890年代に入ると…
・スコットランドの富豪トーマス・リプトンがイギリス領セイロン(スリランカ)を訪れる。
・リプトン卿とテイラーが出会う。
・リプトンのはセイロン茶に興味を持ち買い付けをする。
・セイロンの茶産業は急速に成長し、大手茶会社(リプトン?)が市場を掌握するようになったため、テイラーのような小規模農家は業界から追い出される。
・テイラーはルーレコンデラ農園の経営陣から解雇。
⚪︎1892年
・解雇されたテイラーは重度の胃腸炎と赤痢で亡くなる。
という歴史があったのです。
テイラーさん🥹。
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Taylor_(tea_planter)
その後リプトン卿は、紅茶商としての名声を得て1895年に「英国王室御用達の茶商」の勅許状を与えられ、1898年にはヴィクトリア女王からナイト爵位を与えられた…のだそうです
アイルランドからの移民で小さな食料品店を営んでいた両親の元で育ったリプトン卿、岩崎弥太郎みたいなやっちゃ。テイラーとの関わりもリプトン卿からしてみたら、人生の中のほんの小さな点みたいな出来事なんだろうなあ。創始者無視のブルドーザー方式。19世紀後半ってそういう時代だったのかなぁ。いや、今でも先人に敬意を払わない品の無い商売をする人たちっているからなぁ😂。
英Wikiには
「彼(テイラー)の遺体はキャンディのマハイヤワ墓地に埋葬され墓石には『セイロンのルーレコンデラ農園のジェームズ・テイラーを敬虔に偲んで。この島におけるキナと茶事業の先駆者であり、1892年5月2日に57歳で亡くなりました』
"In pious memory of James Taylor of Loolecondera Estate Ceylon, the pioneer of the cinchona and tea enterprise in this island, who died 2 May 1892, aged 57 years".
と刻まれている」
…となっているし、こうしてキャンディにある一つのファクトリーにリプトンではなくテイラーさんの写真が掲げてられているので、まだ救いはあるけど、「リプトン卿が悪奴だ」という思いは消せません。しかし「私が一人でリプトンはもう飲まない!」と頑張ってもリプトンはびくともしないけど。ものの哀れとか虚しさとかを感じざるを得ません。

ゴールデンチップ
このファクトリーで、初めてゴールデンチップスの紅茶を頂きました。

ミッタルさんのシルバーチップスにはよくお世話になっているけど、ゴールデンチップスは、シルバーの淡さから更にふくよかな味わい。

生産量に限りがあるので輸出はしていないそうで、スリランカで、スリランカの水を使ってセイロン・キャンディ・ゴールデンチップスを頂くのは価値がある事だと思いました。
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